クリプトコリネ フェルギネアは
クリプトコリネ フェルギネアは、1879 年にドイツの植物学者 Engler(エングラー)が記載した、ボルネオ島の古参の水草です。発表は Bull. Reale Soc. Tosc. Ortic.(イタリア・トスカーナ王立園芸協会報)4 巻 302 頁で、もとになったのはイタリアの探検家 Beccari(ベッカリ)がサラワクで集めた標本でした。学名の ferruginea は「さび色の」という意味です。
この種には、名前が約 100 年ものあいだ迷子になっていたという面白い歴史があります。1966 年に水草として栽培に再導入されたとき、別種の Cryptocoryne pontederiifolia と取り違えられました。1975 年には Rataj(ラタイ)がそれを亜種扱いして C. pontederiifolia subsp. sarawacensis という名を与えます。ところが本物のポンテデリフォリアの花が判明したことで前提が崩れ、1977 年に Jacobsen(ヤコブセン)が独立種 C. sarawacensis へ組み替えました。決着がついたのは 1978 年、自生地で実物を再確認したときです。これはエングラーが 1879 年に記載した C. ferruginea そのものだったと分かり、名前は約 100 年ぶりに元へ戻りました。C. sarawacensis も C. pontederiifolia subsp. sarawacensis も、いまは異名(いめい=同じ植物につけられた別名)です。
分布はサラワク西部から西カリマンタンにかけて、バウからシムンジャンにかけての一帯です。特徴的なのは潮の影響が届く川に生えることで、河口から 50 km 以上も内陸まで潮汐(ちょうせき=海の満ち引き)が及ぶ流れに姿を見せます。仏炎苞(ぶつえんほう=花を包む苞)は短く太く、舷部(げんぶ=開いた面)の開口が狭いのが基本の形で、内側は全体が紫色に染まります。花筒の基部にあるふくらみ(ケトル)は膨らみ、雄花を覆うフラップ(ふた状の構造)をもちます。
2013 年には、西カリマンタンのスカダウ産のものが変種 var. sekadauensis として記載されました(バスメイヤー・岸・高橋・ウォンソ・ヤコブセン 共著、Aqua-Planta 38 巻 3 号 84〜93 頁 / The Aquatic Gardener 26 巻 4 号 33〜38 頁 に同時発表)。基本変種との違いは、仏炎苞の尾が糸のように細いこと、舷部の開口がより狭いことです。当店の図鑑には、サラワクのバウ産(「2005 年初採集種」と記録)とカンポン バヨール産(採集コード M-SEKB)のページが残っています。バウは 1879 年の基準標本が採られた一帯そのものです。染色体数(せんしょくたいすう=細胞の中の染色体の本数)については公表値を確認できませんでしたので、ここでは「不明」としておきます。
いまの正式な学名: Cryptocoryne ferruginea Engl. (1879) — POWO / WCVP で ACCEPTED (有効な学名)。基本変種 var. ferruginea と、2013 年記載の var. sekadauensis の 2 変種があります
| 年 | できごと | 文献 |
|---|---|---|
| 1879 | エングラーが Cryptocoryne ferruginea を記載 (ベッカリがサラワクで採集した標本にもとづく) | Bull. Reale Soc. Tosc. Ortic. 4: 302 (IPNI 86689-1) |
| 1966 | 栽培に再導入されるが C. pontederiifolia と誤同定される | The Crypts pages (J.D. バスメイヤー) |
| 1975 | ラタイが C. pontederiifolia subsp. sarawacensis として亜種扱い | Stud. Českoslov. Akad. Věd 3: 62 (IPNI 874448-1) |
| 1977 | ヤコブセンが独立種 C. sarawacensis へ組み替え | Bot. Not. 130(1): 77 (IPNI 86727-1) |
| 1978 | 自生地で再確認され、エングラーの C. ferruginea と同一と決着 (約 100 年ぶりに元の名前へ) | The Crypts pages (J.D. バスメイヤー) |
| 2005 | ★ 当店の図鑑にサラワク バウ産「2005 年初採集種」の記録 (バウは 1879 年の基準標本の産地一帯) | 当店 図鑑ページ cry_ferruginea_bau.html |
| 2013 | バスメイヤー・岸・高橋・ウォンソ・ヤコブセンが西カリマンタン スカダウ産を var. sekadauensis として記載 | Aqua-Planta 38(3): 84–93 / The Aquatic Gardener 26(4): 33–38 |
| 現在まで | 染色体数の公表値を確認できず | 不明 |
| 2026 現在 | POWO / WCVP で Cryptocoryne ferruginea Engl. が ACCEPTED。分布はボルネオ島、変種は var. ferruginea と var. sekadauensis の 2 つ | WCVP (Kew) 2026-08-04 参照 |
2026 年現在、Cryptocoryne ferruginea Engl. がそのまま正式な学名です。途中で使われた C. sarawacensis と C. pontederiifolia subsp. sarawacensis は異名になりました。現在は基本変種 var. ferruginea と、2013 年記載の var. sekadauensis の 2 変種が認められています。染色体数は公表値を確認できず、不明のままです。
※ 出典: IPNI(国際植物名索引、レコード 86689-1 / 874448-1 / 86727-1)/ WCVP・POWO(キュー王立植物園、2026-08-04 参照)/ The Crypts pages(J.D. バスメイヤー氏 運営)/ Bull. Reale Soc. Tosc. Ortic. 4: 302 (1879) / Aqua-Planta 38(3): 84–93 (2013) / Willdenowia 47(3): 325–339 (2017)。