クリプトコリネ ネビリーは本文準備中
この名前ほど、水草の世界で長く行き違いが続いたものはそう多くありません。Cryptocoryne nevillii は、イギリスの植物学者 Trimen(トライメン)がスリランカ(当時のセイロン)の植物誌『A Handbook to the Flora of Ceylon』第 4 巻(1898 年、346 ページ)で発表した種です。実物はスリランカ東海岸のバッティカロア周辺の低地に、ごく限られた場所だけに生えています。当店の図鑑ページは「本文準備中」のままですが、それは中身が乏しいからではなく、名前の由来をきちんと書こうとすると、この一件を避けて通れないためです。
ところが、水槽で「ネビリー」として広く育てられてきた小型の水草は、この植物ではありませんでした。すでに 1928 年に Petch(ペッチ)がこの名前の使われ方に強い疑問を示していましたが、決着したのは 1976 年です。Dan Nicolson(ニコルソン)が原記載の産地から本物を採集し、デンマークの Jacobsen(ヤコブセン)が両者を並べて検討した結果、水槽の「ネビリー」は本物とはまったく別のもの — スリランカ産の交雑種(こうざつしゅ=2 種のあいだに自然にできた雑種)である Cryptocoryne × willisii Reitz(1908 年)だと判明しました。キュー王立植物園の POWO では、この交雑種の親は C. parva と C. walkeri とされています。つまり「ネビリー」という呼び名は、80 年近くにわたって別の植物に付けられていたことになります。名前が種から種へ移ったのではなく、植物のほうが名前を返上した、という珍しい形の決着でした。
2026 年現在、本物の Cryptocoryne nevillii Trimen はキュー王立植物園の WCVP で ACCEPTED(有効な学名)として登録されており、異名(いめい=同じ植物につけられた別名)は 1 つもありません。一方で水槽の「ネビリー」は、いまも園芸上の呼び名として C. × willisii "nevillii" のかたちで流通しています。当店の図鑑ではネビリーとして、グラ(ドイツ)便・アクアフローラ産・バース便といったファーム(養殖業者)由来の株を掲載してきました。当店はワイルド(現地採集)株を主に扱っていますが、本種については現地採集株の取り扱い実績を確認できておりません。上記の経緯からすると、ファーム流通の「ネビリー」は C. × willisii 系である可能性が高い、というのが正直なところです。
いまの正式な学名: Cryptocoryne nevillii Trimen (1898) — スリランカ東部に実在する独立種。ただし水槽で長く「ネビリー」と呼ばれてきた水草は本種ではなく、交雑種 Cryptocoryne × willisii Reitz (1908) です
| 年 | できごと | 文献 |
|---|---|---|
| 1898 | Trimen がスリランカの植物誌で Cryptocoryne nevillii を記載 (東部バッティカロア周辺の低地) | Handb. Fl. Ceylon 4: 346 |
| 1908 | Reitz が Cryptocoryne × willisii を発表 (のちに水槽の「ネビリー」の正体となる交雑種) | Wochenschr. Aquar.- Terrarienkunde 39: 523 |
| 1928 | Petch が「ネビリー」と呼ばれている植物の同定に強い疑問を示す (掲載誌は特定できず) | 不明 |
| 1976 | ★ Jacobsen が Nicolson の原産地採集株と比較し、水槽の「ネビリー」は C. × willisii だと確定 | Bot. Not. 129: 179–190 |
| 2026 現在 | POWO / WCVP で C. nevillii Trimen が ACCEPTED (有効な独立種)、異名の登録はゼロ。水槽の「ネビリー」は交雑種 C. × willisii Reitz (親は C. parva × C. walkeri) | WCVP (Kew) 2026-06-04 版 |
2026 年現在、Cryptocoryne nevillii Trimen は独立した種として有効です。キュー王立植物園の WCVP でも ACCEPTED(有効な学名)とされ、異名は 1 つも登録されていません。ただし注意していただきたいのは、この学名が指すのはスリランカ東部の野生種であって、水槽で「ネビリー」と呼ばれてきた水草ではないことです。後者の正式な名前は Cryptocoryne × willisii Reitz で、園芸名としては今も "nevillii" が添えられます。アクアリウムでは「ネビリー」の名で親しまれています。
※ 出典: IPNI(国際植物名索引)/ WCVP(キュー王立植物園、2026-06-04 版)/ POWO(キュー王立植物園)/ The Crypts pages(J.D. バスメイヤー氏 運営)/ Botaniska Notiser 129 (1976) / Trimen, A Handbook to the Flora of Ceylon 4 (1898)。