クリプトコリネ ウィリシィは本文準備中
クリプトコリネ ウィリシィは、クリプトコリネの世界でもっとも有名な名前の取り違えの当事者です。結論から申し上げますと、アクアリウムで長年「ネビリー(C. nevillii)」の名で売られてきた小型のクリプトは、本当は C. ×willisii(ウィリシィ)でした。そして C. nevillii という学名は、これとはまったく別の、実在するスリランカの種を指しています。学名の頭に付く「×」は、この植物が自然にできた交雑種(こうざつしゅ=異なる種のあいだに生まれた雑種)であることを示す印です。
ほどけるまでに長い時間がかかりました。C. nevillii は Trimen(トライメン)が『セイロン植物誌』第 4 巻 346 頁で記載した名前です(IPNI に刊行年の記載はなく、文献では 1898 年ごろとされます)。ところが早くも 1928 年、Petch(ペッチ)が「この名で流通している株は本当に nevillii なのか」と強い疑問を投げかけていました。決着したのは 1976 年です。Dan Nicolson(ダン・ニコルソン)氏が原産地の本物の株を見つけ、それをもとに Niels Jacobsen(ニルス・ヤコブセン)氏が検討した結果、水槽で親しまれてきたあの株は自然交雑種であり、正しくは 1908 年に Reitz(ライツ)が発表していた C. ×willisii と呼ぶべきだ、と提唱されました(Botaniska Notiser 129 巻 179〜190 頁)。The Crypts pages はこれを「アクアリストにとって、クリプトコリネの名前の変更で最も劇的だった出来事」と表現しています。
やっかいなことに、よく似た名前がもう 1 つあります。× の付かない「Cryptocoryne willisii Engl. ex Baum(1909 年)」です。こちらは現在 C. undulata Wendt(ウンデュラータ、1954 年記載)の異名として整理されており、上のウィリシィとは別の植物を指します。さらに 1962 年に de Wit が記載した C. lucens(ルーセンス)も、現在は C. ×willisii の異名です。つまり「ネビリー」「ルーセンス」と呼ばれてきたものが 1 つにまとまり、「ウィリシィ(× なし)」だけが別の種のほうへ行った、という整理になります。当店の図鑑にも「ネビリー」「ルーセンス」「ウィリシィ」「ウンデュラータ」のページが別々に並んでいますが、これは実際にその名前で入ってきた株の記録です。
交雑の親については、片親が C. parva(パルバ)であることはほぼ確実とされ、もう片方は C. walkeri(ワルケリィ)や C. beckettii(ベケッティ)といったスリランカ産の種と考えられています。「1 つの雑種」というより複数の組み合わせを含む集まり(複合体)と見るのが実情に近く、そのため水草業界でも「C. ×willisii 'nevillii'」「C. ×willisii 'lucens'」のように、旧名を型の呼び名として括弧付きで残す書き方が一般的です。2026 年現在も、古い名前のまま流通させている業者が残っている、と The Crypts pages は注意を促しています。染色体数(せんしょくたい=細胞の中にある遺伝情報の束)の確定値は、今回参照した公開資料では確認できませんでした。
いまの正式な学名: Cryptocoryne ×willisii Reitz (1908) — POWO / WCVP で ACCEPTED (正式に認められた学名)。自然交雑種なので × 印が付きます。C. ×lucens de Wit がその異名。なお × のない「C. willisii Engl. ex Baum (1909)」は別の名前で、C. undulata Wendt の異名です
| 年 | できごと | 文献 |
|---|---|---|
| 1898 ごろ | Trimen が Cryptocoryne nevillii を記載 (『セイロン植物誌』第 4 巻 346 頁)。IPNI に刊行年の記載はなく、年は文献による | Fl. Ceylon 4: 346 / IPNI (年の記載なし) |
| 1908 | Reitz が Cryptocoryne ×willisii を発表 | Wochenschr. Aquar.- Terrarienkunde 39: 523 / IPNI |
| 1909 | Engler ex Baum が別に「Cryptocoryne willisii」(× なし) を発表。これは現在 C. undulata の異名 | Gartenwelt 13: 5 / IPNI |
| 1928 | Petch が「nevillii の名で流通している株の正体」に強い疑問を呈する | The Crypts pages (J.D. Bastmeijer) / Petch 1928 |
| 1954 | A. Wendt が C. undulata を記載 | Aquarienpfl. Wort & Bild 14: 267, 269 / IPNI |
| 1962 | de Wit が C. lucens を記載 (現在は C. ×willisii の異名) | Meded. Bot. Tuin. Belmonte Arb. Wageningen 6: 94 / IPNI |
| 1975 | Rataj が C. axelrodii を記載 (現在は C. undulata の異名) | Stud. Ceskoslov. Akad. Ved. 3 (Rev. Gen. Cryptocoryne): 69 / IPNI |
| 1976 | Dan Nicolson が原産地の本物の nevillii を発見。これをもとに N. Jacobsen が、水槽の「ネビリー」は自然交雑種であり C. ×willisii と呼ぶべきと提唱 | Botaniska Notiser 129: 179–190 / The Crypts pages |
| 年不明 | 交雑の親は C. parva を片親とし、C. walkeri や C. beckettii との組み合わせとされる (証拠を示した論文の特定はできず) | The Crypts pages (J.D. Bastmeijer) / 論文は不明 |
| 年不明 | 染色体数 (2n) の確定値は今回参照した公開資料では確認できず | 不明 |
| 2026 現在 | WCVP で C. ×willisii Reitz が ACCEPTED、C. ×lucens de Wit はその異名。C. nevillii Trimen は別の独立種として ACCEPTED。C. willisii Engl. ex Baum は C. undulata Wendt の異名 | WCVP (Kew) 2026-08-04 確認 |
2026 年現在、Cryptocoryne ×willisii Reitz が正式名 (ACCEPTED) で、C. ×lucens de Wit がその異名です。× 印は自然交雑種であることを示します。長年アクアリウムで「ネビリー」と呼ばれてきた株はこの種にあたり、本物の C. nevillii Trimen はまったく別の独立種として ACCEPTED のまま残っています。また × の付かない C. willisii Engl. ex Baum (1909) は C. undulata Wendt の異名で、これも別の植物です。同じつづりの名前が 3 通りの植物を指してきた、という点にご注意ください。
※ 出典: IPNI(国際植物名索引)/ WCVP・POWO(キュー王立植物園、2026-08-04 確認)/ The Crypts pages(J.D. バスメイヤー氏 運営、cryptocoryneworld.org、C. ×willisii / C. nevillii の各ページ)/ Botaniska Notiser 129 (1976, N. Jacobsen)/ Wochenschr. Aquar.-Terrarienkunde 39 (1908, Reitz)・Gartenwelt 13 (1909)・Aquarienpfl. Wort & Bild 14 (1954, A. Wendt)・de Wit 1962・Rataj 1975。