クリプトコリネ ティマヘンシスはシンガポールに分布する。クリプトコリネ ヌーリーとコルダータの自然交雑種。
クリプトコリネ ティマヘンシスは、シンガポールのブキティマ自然保護区(Bukit Timah Nature Reserve)だけに知られる水草です。1990 年代半ば、シンガポール科学館がこの植物の写真を C. griffithii(グリフィティ)として紹介したことがありました。沼地からの新しい採集がしばらく途絶えていたことと、そもそも本家グリフィティの正体そのものが誤解されていたことが重なった結果でした。1999 年、シンガポール国立公園局の協力を得て自生地での調査がようやく実現し、正体の解明が始まります。
2001 年、J.D. バスメイヤー氏と R. Kiew 氏が「A New Cryptocoryne Hybrid (Araceae) from the Bukit Timah Nature Reserve, Singapore」という論文を Gardens' Bulletin Singapore 53 巻 9〜17 頁に発表し、この植物を新しい交雑種 Cryptocoryne × timahensis として記載しました(学名の命名者は Bastm. = バスメイヤー氏、記載は 11 頁)。両親は、仏炎苞(ぶつえんほう=花を包む苞)の舷部(げんぶ=仏炎苞の開いた面)の形・色・つくりと、葉の性質から、C. nurii(ヌーリー)と C. cordata(コルダータ)と考えられています。どちらもマレー半島ジョホール州に自生する種です。当店ページの「クリプトコリネ ヌーリーとコルダータの自然交雑種」という説明は、この 2001 年の原記載の見解とそのまま一致します。
交雑種であることの決め手は 2 つありました。ひとつは、これまで一度も実を結んだ記録がなく、花粉を調べたところ完全に不稔(ふねん=子孫を残せない状態)だったこと。もうひとつは染色体数(せんしょくたい=細胞の中にある遺伝情報の束の本数)が 2n = 54 だったことです。マレー半島のクリプトコリネは基本数 17 の系統なので 2n = 51 が予想されていましたが、実際は 54。予想を外れる数字が出たこと自体が、単純な種ではないことを物語っていました。
自生地はブキティマ自然保護区の中にある、およそ 10 m × 3 m ほどの池 1 か所だけです。水の流れや水位が少し変わっただけでも失われかねない、きわめて脆弱な状態にあります。栽培では、酸性の軟水とブナの落ち葉を敷いた水上(すいじょう=水から出した状態)育成でよく育つと報告されていますが、水中育成の試験例はまだありません。当店の図鑑ページでも、シンガポール産のこの珍しい交雑種として写真つきで紹介しています。
Cryptocoryne x timahensis クリプトコリネ ティマヘンシス
いまの正式な学名: Cryptocoryne × timahensis Bastm. (2001) — POWO / WCVP で ACCEPTED (正式に認められた学名)。名前の途中に付く「×」は自然交雑種であることを示す記号で、異名の登録はありません
| 年 | できごと | 文献 |
|---|---|---|
| 1990 年代半ば | シンガポール科学館がこの植物の画像を C. griffithii として発表 (誤同定) | The Crypts pages / cryptocoryneworld.org (J.D. Bastmeijer) |
| 1999 | シンガポール国立公園局の協力で自生地の実地調査が行われる | The Crypts pages (J.D. Bastmeijer) |
| 2001 | Bastmeijer & Kiew が新交雑種として記載。学名 Cryptocoryne × timahensis Bastm. | Gardens' Bulletin Singapore 53: 9–17 (記載は 11 頁) / IPNI |
| 2001 (同記載) | 両親は C. nurii × C. cordata と推定。果実の記録がなく花粉は完全不稔、染色体数 2n = 54 (予想の 51 と不一致) | Gardens' Bulletin Singapore 53 / The Crypts pages |
| 現在の自生状況 | ブキティマ自然保護区内の約 10 × 3 m の池 1 か所のみ。水文条件の変化にきわめて脆弱 | The Crypts pages (J.D. Bastmeijer) |
| 2026 現在 | POWO / WCVP で Cryptocoryne ×timahensis Bastm. が ACCEPTED。異名の登録なし | WCVP (Kew) 2026-08-04 確認 |
2026 年現在、Cryptocoryne × timahensis Bastm. は POWO / WCVP で正式に認められた学名 (ACCEPTED) です。異名は登録されていません。「×」は自然交雑種を示す記号で、両親は C. nurii と C. cordata と考えられています。記載から今日まで扱いは変わっていません。
※ 出典: IPNI(国際植物名索引)/ WCVP・POWO(キュー王立植物園、2026-08-04 確認)/ The Crypts pages・cryptocoryneworld.org(J.D. バスメイヤー氏 運営)/ Gardens' Bulletin Singapore 53: 9–17 (2001, Bastmeijer & Kiew)。