クリプトコリネ トンキネンシスは本文準備中
クリプトコリネ トンキネンシスの物語は、記載よりも半世紀早く始まります。1887 年、フランスの採集家 Balansa(バランサ)氏がベトナム北部(当時のトンキン地方)で標本を採集しました。この標本が論文になったのはずっと後の 1941 年で、Gagnepain(ガニュパン)氏が 3 点の標本をもとに Cryptocoryne tonkinensis として記載しています(Notulae Systematicae (Paris) 9 巻 133 頁)。1975 年には Rataj(ラタイ)氏が、そのうち Balansa 2045(バヴィ山のバータイ渓谷産、パリ標本館 P00509483)をレクトタイプ(=複数の標本の中から選び直された基準標本)に選定しました。
その後、この植物の置き場所は二度変わります。1971 年に de Wit(デ ウィット)氏が C. retrospiralis の変種(Aquarienpflanzen ドイツ語版 184 頁)とし、1991 年に N. Jacobsen(ヤコブセン)氏が C. crispatula の変種 tonkinensis に組み替えました(Aqua Planta 1991 年 1 号 29 頁)。これが今日の正式な扱いです。一方で長いあいだ、この植物は C. crispatula var. flaccidifolia(フラキディフォリア)と解釈されていた時期もあり、名前の混乱が続いていました。当店ページの見出しは「Cryptocoryne tonkinensis」ですが、現在の正式な学名は Cryptocoryne crispatula var. tonkinensis です(当店の図鑑一覧でクリスパチュラの変種としてまとめているのは、この現行の扱いと一致しています)。
決着がついたのは近年です。2013 年 12 月、ハノイで開かれたサトイモ科の学会に合わせて、Jacobsen・Bogner・Ørgaard・Nguyen の 4 氏が 1887 年の原産地を実際に訪ねました。その成果が 2015 年の Willdenowia 45 巻 2 号 177〜182 頁「The identity of Cryptocoryne crispatula var. tonkinensis (Araceae)」です。この論文で、本来の var. tonkinensis はベトナム北東部と中国南東部のものであり、タイ(カオヤイ、ウボンラチャタニ)などから同じ名前で流通していた株は AFLP(エーエフエルピー=遺伝子の型を比べる手法)で遺伝的に別物だと示されました。本物の染色体数(細胞の中にある遺伝情報の束の本数)は 2n = 36 です。
分布はベトナム北部(旧トンキン)と中国南部の広東・広西にわたり、実際にはさらに東へ広がっているとみられています。葉は褐色を帯びて縁がちりちりと波打ち、仏炎苞(ぶつえんほう=花を包む苞)はクリスパチュラらしい形の舷部(げんぶ=仏炎苞の開いた面)に赤い筋が数本入ります。果実は球形で、地下茎(ちかけい=根茎)が底床から上へ伸びて水中に根を出す性質があります。水槽でもよく育つ丈夫な変種ですが、季節による休眠があるかどうかはまだ分かっていません。
いまの正式な学名: Cryptocoryne crispatula var. tonkinensis (Gagnep.) N.Jacobsen (1991) が POWO / WCVP の ACCEPTED (正式に認められた学名)。原記載名の Cryptocoryne tonkinensis Gagnep. (1941) は、現在はこの変種の異名 (シノニム=同じものを指す別名) として扱われています
| 年 | できごと | 文献 |
|---|---|---|
| 1887 | Balansa がベトナム北部 (トンキン) で標本を採集 (Balansa 2044・2045 ほか) | Willdenowia 45(2): 177–182 (2015) / The Crypts pages |
| 1941 | Gagnepain が 3 点の標本をもとに Cryptocoryne tonkinensis として記載 | Notulae Systematicae (Paris) 9: 133 / IPNI |
| 1971 | de Wit が C. retrospiralis var. tonkinensis へ組み替え | Aquarienpflanzen (ドイツ語版) 184 頁 / IPNI |
| 1975 | Rataj が Balansa 2045 (P00509483、バヴィ山バータイ渓谷) をレクトタイプに選定 | Rataj 1975 / Willdenowia 45(2) (2015) |
| 1991 | N. Jacobsen が Cryptocoryne crispatula var. tonkinensis へ組み替え (現行の扱い) | Aqua Planta 1991(1): 29 / IPNI |
| 長期間 | C. crispatula var. flaccidifolia と解釈されていた時期があり、名称が混乱 | The Crypts pages (J.D. Bastmeijer) |
| 2013-12 | Jacobsen・Bogner・Ørgaard・Nguyen がハノイ学会の機会に 1887 年の原産地を訪問 | The Crypts pages / Willdenowia 45(2) (2015) |
| 2015 | Willdenowia 論文で正体を確定。タイ産の流通株は AFLP で別物と判明。染色体数 2n = 36 (標本 ØJV 13–4) | Willdenowia 45(2): 177–182 (2015, Jacobsen ほか 6 名) |
| 2026 現在 | POWO / WCVP で C. crispatula var. tonkinensis (Gagnep.) N.Jacobsen が ACCEPTED。C. tonkinensis Gagnep. は異名 | WCVP (Kew) 2026-08-04 確認 |
2026 年現在、正式な学名は Cryptocoryne crispatula var. tonkinensis (Gagnep.) N.Jacobsen で、POWO / WCVP の ACCEPTED です。1941 年の記載名 Cryptocoryne tonkinensis Gagnep. は、この変種の異名 (シノニム) として登録されています。2015 年の Willdenowia 論文により、この名で流通していたタイ産の株は別物であることが遺伝解析で示されました。本物はベトナム北部〜中国南部産で、染色体数は 2n = 36 です。
※ 出典: IPNI(国際植物名索引)/ WCVP・POWO(キュー王立植物園、2026-08-04 確認)/ The Crypts pages・cryptocoryneworld.org(J.D. バスメイヤー氏 運営)/ Notulae Systematicae (Paris) 9: 133 (1941, Gagnepain)・Aqua Planta 1991(1): 29 (Jacobsen)・Willdenowia 45(2): 177–182 (2015, Jacobsen・Bastmeijer・Bogner・Nguyen Van Du・Bui Hong Quang・Ørgaard)。